2008年02月21日
KY式
KYという言葉があるらしい
テニスにも すでにあるのかしら
BY・・・・バックが 弱いね
BU・・・・ボレーが うまい
MD・・・・また ダブルフォルト
1M・・・・1回戦 負け
CH・・・・チキン ハート
NA・・・・ノー アド
SA・・・・セミ アド
AB・・・・あなたの ボールよ
AM・・・・あのボール 任せた
ML・・・・また ロビングだ
ST・・・・セカンドサーブを 叩け
etc
思いつくまま並べましたが、もうすでにススンデル人は、そのような言葉を使っているのでしょうか?
テニスやっている最中に、
「とってー」「ミー」「ウォッチ」「スルー」「前」
は分かるけど
「AM」なんて言われても、何だったかしらと思っているうちにボールは通り過ぎていきますな
やっぱり、なじまないようです
TF・・・・「ちりとてちん」の ファンです
これはテニスでは使いませんね
テニスにも すでにあるのかしら
BY・・・・バックが 弱いね
BU・・・・ボレーが うまい
MD・・・・また ダブルフォルト
1M・・・・1回戦 負け
CH・・・・チキン ハート
NA・・・・ノー アド
SA・・・・セミ アド
AB・・・・あなたの ボールよ
AM・・・・あのボール 任せた
ML・・・・また ロビングだ
ST・・・・セカンドサーブを 叩け
etc
思いつくまま並べましたが、もうすでにススンデル人は、そのような言葉を使っているのでしょうか?
テニスやっている最中に、
「とってー」「ミー」「ウォッチ」「スルー」「前」
は分かるけど
「AM」なんて言われても、何だったかしらと思っているうちにボールは通り過ぎていきますな
やっぱり、なじまないようです
TF・・・・「ちりとてちん」の ファンです
これはテニスでは使いませんね
2008年02月20日
冬の水たまり
冬の水たまり
この言葉を見て、何だろうと思って記事を見た人は、残念でした。
これは「ちりとてちん」の感想の記事です。
テニスの話は、出てきませんのであしからず。
この言葉を見て「えへへへへ、また書いてるわ」と思った人
その通り、また書いてしまいます。
先週までは、何故か2度も3度も見直したものでしたが、今週は、一度見れば、もう結構という気になるのです。
何故でしょう?
以前は草若師匠、正太郎ちゃん、小梅師匠、糸子さん、順子ちゃんの言葉に、耳が引き寄せられるようなことがあった。
それぞれの気持ちの絡み合いに惹かれるものがあった。
修行する者の未熟さとひたむきさがヒタヒタと気持ちを揺さぶるところがあった。
さて、今週からは、話としては第2部みたいな感じになった。
そして、今のところ
師匠、お母さん、おじいさん等の年長者の言葉がない。
修行する者のひたむきな面がない。
新しい登場人物も参加し、ドタバタした話の展開になって行くような気がするのは自分だけ?
ドタバタの話なら何度も見る気にならない。
とりあえず見続けますが
まんまと自分の予想がはずれ、話は小休止の後、登場人物の整理が終わったら、再びあの「ちりとて」になることを熱望していますが・・・どうなるのでしょう?
何であんなに惹かれていたんでしょう?
不思議でしょうがありません
ところで、いい人はどうして早死にするんでしょう?
「フルスイング」の高林先生も病気のようだし・・・
とにかく、あと1ヶ月余
弟子が入ってひと悶着、一門の危機があって、A子と波乱が起き、とにもかくにもそれらが片付き、若狭が寄席で「ちりとてちん」を演じて、それをみんなが笑って見ているところで、おしまいっていうのはダメ。
先週と今週からの落差についていけない「ちりとて」ファンでした。
この言葉を見て、何だろうと思って記事を見た人は、残念でした。
これは「ちりとてちん」の感想の記事です。
テニスの話は、出てきませんのであしからず。
この言葉を見て「えへへへへ、また書いてるわ」と思った人
その通り、また書いてしまいます。
先週までは、何故か2度も3度も見直したものでしたが、今週は、一度見れば、もう結構という気になるのです。
何故でしょう?
以前は草若師匠、正太郎ちゃん、小梅師匠、糸子さん、順子ちゃんの言葉に、耳が引き寄せられるようなことがあった。
それぞれの気持ちの絡み合いに惹かれるものがあった。
修行する者の未熟さとひたむきさがヒタヒタと気持ちを揺さぶるところがあった。
さて、今週からは、話としては第2部みたいな感じになった。
そして、今のところ
師匠、お母さん、おじいさん等の年長者の言葉がない。
修行する者のひたむきな面がない。
新しい登場人物も参加し、ドタバタした話の展開になって行くような気がするのは自分だけ?
ドタバタの話なら何度も見る気にならない。
とりあえず見続けますが
まんまと自分の予想がはずれ、話は小休止の後、登場人物の整理が終わったら、再びあの「ちりとて」になることを熱望していますが・・・どうなるのでしょう?
何であんなに惹かれていたんでしょう?
不思議でしょうがありません
ところで、いい人はどうして早死にするんでしょう?
「フルスイング」の高林先生も病気のようだし・・・
とにかく、あと1ヶ月余
弟子が入ってひと悶着、一門の危機があって、A子と波乱が起き、とにもかくにもそれらが片付き、若狭が寄席で「ちりとてちん」を演じて、それをみんなが笑って見ているところで、おしまいっていうのはダメ。
先週と今週からの落差についていけない「ちりとて」ファンでした。
2008年02月12日
雪の日、晴れの日
日曜日の朝
雪まだまだ残っていましたね
道路に出て 凍り具合を確かめたり
近くの広場で 雪の残り具合を確かめたり
その時 近くの道路を行く救急車の音
車で多分行けるだろう
コートは多分雪に覆われているので、除雪にかなり時間がかかるだろう。何人集まるかが問題
しかし、万一、車でスリップでもして事故ったりしたら、今でも、ちょっと無理を通してコートへ通っているのに、行きづらくなるのは間違いない!
結局、日曜日、テニスコートへは、勇気を持って行くことを断念しました。
冒険とは、帰ってくるまでが冒険だ。
行かないと判断するのも冒険の内である。
と、誰かが言っていたような気がする。
午前中、買い物に行く自分に、沿道に並んだ雪だるま達が、
「エライゾー。 今日はよく決断した。ばんざーい!」
なんて言っているように、自分を迎えてくれた。
そして、昨日は、暖かな、よい天気
まさにテニス日和
前日出来なかった分までも
パコパコ打ち、走り回り、それはもう陽気なこと。
しかし、どういうもんなんでしょうか?
相手のサービスをブレークして3-2とし
自分のサービス ここをキープすれば4-2となり、一気に試合の流れがこちらに傾いてくる。
そんな時、キープできない自分って、どうなってるの?
試合の流れがこちらに向いてきた時に、水をさすというか、流れを引き込むことが出来ないんですね。
4つ練習試合を楽しんだけど、その内の3つが5-5までもつれる試合。(ノーアド、6ゲーム先取でやっています)
・・もっと勇気ある仕掛けが必要なのか?
そうは言っても、結構サイド抜かれていたなー
・・もっと慎重に、丁寧にいった方がいいのか?
そうは言っても、先に打ち負けるのはたいてい自分の方だし
これで良いんだというスタイルがないのが一番いけないことだな
先日、新しく入ってきた人。丁寧に、しっかりスピンをかけて打っていた。がんがんひたすら打っていた。
その姿勢がうらやましかった。
2008年02月09日
ちりとてぽん
外を走っている車の音にチェーンを付けて走っている車の音が混じり始めた。
きっと、このまま積もるだろうから、日曜のテニスが2週連続中止となる確率大である
というか
今日のこの路面、ノーマルタイヤで帰れるだろうか?
と書いているうちに、道路を歩いている人が足を滑らせた。
慣れてない者には、雪に今日、明日と翻弄されそうだ。
ところで
激動の「ちりとて」が1週間終わり
草若師匠大変
笑いは健康の元になる
もっと生活の中に笑いを入れなければいけません
なんて言われたりするが
笑わす方は、なかなか健康ではいられぬようで
病気ではありませんでしたが、4代目小染さんなんかも早かったですね。
自分が行っているサークルには、同じコーチから学んだ、もしくは学んでいる者が何人も集まってきている。
そのコーチは、「テニスとはかくあるべき」という形を持っていて、その形を教えようとする。
従って、その形に合わないとか、理解できない者はスクールを辞めることになる。
先日その人に会ったが
「5年以上通った」と言っていた。
自分には合わないと分かるのに5年以上かかったということで、これはこれで驚きだった。
しかし、彼のボレーのある部分は確かに、そのコーチの影響が見られた。
自分は、まだコーチの言っていることが理解できていないので、まだまだ当分通うことになるだろう。
その「テニスとはかくあるべき」を習った人たちが、それを自分の中で消化し、もしくは誤解し、自分のテニスにしている。
その「かくあるべきテニス」が、サークルで練習試合をすると
「俺はこう理解しているんだ」
「いや、こうするべきだ」
「俺はこんなふうに習ったぞ」
とラケットとボールで語っているように思える。
これを見たら、コーチは喜び、苦笑するに違いない。
そして「ちりとて」の
>男ってもんは、譲れんもん抱えて生きてますのんやな
>そんなに躍起にならんでも 師匠を大事に思ってる人らが、ちゃんと受け継ぎますやな
(こんなふうに聞こえました)
という言葉とリンクした
コーチに習っている者は、みんな少しでもそのテニスを
吸収しようとしているが、通っていて思うのは、自分が勘
違いしているんじゃないかしらということ、コーチの言うことを体現できていないなーという実感。
しかし、
おかしな奴が 四角四面のコートであーでもない、こーでもないと一生懸命やっていることは
少なくとも おもろいことであることは間違いない
まー「おもろいテニス」ができればいいかと
辻褄がどうもはずれてるようですが
これがこれからの自分の「新作テニス」です
もし、雪がとけ明日テニスができたら
「おかしな連中がコート狭しと動き回り、そのプレイ中の陽気なこと・・・」
そんなテニスをしてみたい
きっと、このまま積もるだろうから、日曜のテニスが2週連続中止となる確率大である
というか
今日のこの路面、ノーマルタイヤで帰れるだろうか?
と書いているうちに、道路を歩いている人が足を滑らせた。
慣れてない者には、雪に今日、明日と翻弄されそうだ。
ところで
激動の「ちりとて」が1週間終わり
草若師匠大変
笑いは健康の元になる
もっと生活の中に笑いを入れなければいけません
なんて言われたりするが
笑わす方は、なかなか健康ではいられぬようで
病気ではありませんでしたが、4代目小染さんなんかも早かったですね。
自分が行っているサークルには、同じコーチから学んだ、もしくは学んでいる者が何人も集まってきている。
そのコーチは、「テニスとはかくあるべき」という形を持っていて、その形を教えようとする。
従って、その形に合わないとか、理解できない者はスクールを辞めることになる。
先日その人に会ったが
「5年以上通った」と言っていた。
自分には合わないと分かるのに5年以上かかったということで、これはこれで驚きだった。
しかし、彼のボレーのある部分は確かに、そのコーチの影響が見られた。
自分は、まだコーチの言っていることが理解できていないので、まだまだ当分通うことになるだろう。
その「テニスとはかくあるべき」を習った人たちが、それを自分の中で消化し、もしくは誤解し、自分のテニスにしている。
その「かくあるべきテニス」が、サークルで練習試合をすると
「俺はこう理解しているんだ」
「いや、こうするべきだ」
「俺はこんなふうに習ったぞ」
とラケットとボールで語っているように思える。
これを見たら、コーチは喜び、苦笑するに違いない。
そして「ちりとて」の
>男ってもんは、譲れんもん抱えて生きてますのんやな
>そんなに躍起にならんでも 師匠を大事に思ってる人らが、ちゃんと受け継ぎますやな
(こんなふうに聞こえました)
という言葉とリンクした
コーチに習っている者は、みんな少しでもそのテニスを
吸収しようとしているが、通っていて思うのは、自分が勘
違いしているんじゃないかしらということ、コーチの言うことを体現できていないなーという実感。
しかし、
おかしな奴が 四角四面のコートであーでもない、こーでもないと一生懸命やっていることは
少なくとも おもろいことであることは間違いない
まー「おもろいテニス」ができればいいかと
辻褄がどうもはずれてるようですが
これがこれからの自分の「新作テニス」です
もし、雪がとけ明日テニスができたら
「おかしな連中がコート狭しと動き回り、そのプレイ中の陽気なこと・・・」
そんなテニスをしてみたい
2008年02月04日
無為徒食
日曜日は目覚ましの前に雨の音で目が覚めた
テニスの予定が流れていく音だ
悪あがきで
今日の天気を
インターネットでチェック
6時間、雨雲は予定のテニスコート上空を西から東へ雲切れることなく覆ってる様子がよく分かった。
最後の足掻きとして、仲間にそれでもコートへ来るかメールしそうになる衝動を押さえ、朝飯を食べた。
朝飯が困った
雨が降っていなければ
コートに向かわなくてはいけないので
朝飯を適当に切り上げ、用意をし、出かけるのだが、今日は出かけない。
朝飯を切り上げるきっかけがない。
ごそごそとあれを食べ、これを飲み、新聞を広げ、ラジオをつけ、また何かを冷蔵庫から取り出しては温め、食べ、そして飲み・・・食べ終わるきっかけがない。
雨では、洗車も意味がない
子供と外で遊ぶわけにもいかない
予定が立たない
やることがないというのは何だか疲れるもので
読むともなく本をめくり
昼になる
テニスをやってきたならば
おなかペコペコで
がつがつ食べるのだが
今日は 何だか疲れて
しかし習慣とは恐ろしいもので
しっかりと昼食だけは誰よりも食べれるのだから始末が悪い
雨はシトシト 止む様子もなく
見るともなくテレビを見
横になっていると ちょっとうたた寝をしてしまい
何ということか
日曜日は 夕方になろうとしている
他の日なら「ちりとて」を見ることで
朝昼のリズムが刻まれるのだが
今日という日は のんべんだらりと過ぎた結果が
もう 夕飯である
こちとらは食卓に着くだけの身
こちらがだらだらしているのに食事の用意をしてくれるありがたさよ
いただきます
食後のデザートまで平らげて
1日中、がさごそ食べていたような気がする
さて明日から また働くぞ!
という思いにはならない
やっぱり日曜日には、コートでボールを追いかけて、あっという間に1日が終わり、ほんとだったら、家のあれこれ、家族の何かしらをやらねばならないのに、また遊びほうけてしまった。よし、せめて明日から粛々と仕事をしよう・・・
とならないと月曜日を迎える気分じゃないんだよね・・・
世間では、赤福の次は餃子で大騒ぎになり、関東は大雪で大変。
それなのに、自分の願いは「次の日曜は雨が降らないこと」
無為徒食の1日でした